新着記事
「実は回復を遅延させている可能性が高い」負傷時のアイシング処置
怪我をした時にいち早く冷やす「アイシング」は、スポーツ業界だけでなく日常で執り行っている処置です。
しかしこの「アイシング」は、実は治癒効果を主に見ると回復を遅延させている可能性があります。
Skeletal muscle injuries encompass a range of damage to muscles; from a microcellular level to a severe level. These injuries include not only those that happen during sports or schools’ physical education lessons but also external injuries that occur as a result of accidents and disasters.
参照元:https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe_en/NEWS/news/2021_05_18_01.html
– 神戸大学 Kobe University. May 18, 2021 –
エキセントリック収縮(※1)のマウスモデルを用いた研究により、損傷した筋肉を氷結させると、筋肉の再生が遅れることが明らかになりました。
この発見は、荒川隆光准教授と神戸大学の川島正人博士(当時)らの研究グループによるものです。
また、この現象は、炎症を起こすマクロファージ(※2、3、4)が損傷した細胞に浸潤することと関係している可能性があることも明らかになりました。
この研究は、重度の筋肉損傷(断裂した筋肉など)をアイシングすべきかどうかについての疑問を提起するものです。
本研究成果は、2021年3月25日にJournal of Applied PhysiologyのArticle in Pressの1つとしてオンライン公開されました。
今回の研究結果により、エキセントリック収縮によって生じた重度の筋損傷に氷嚢を当てると、治癒までの時間が長引く可能性があることが明らかになりました。
この現象の原因は、氷結によって、損傷した組織を貪食(※5)、すなわち除去する役割を担う炎症性マクロファージの到着が遅れることにあります。
さらに、これにより、マクロファージが損傷した筋肉細胞に十分に浸潤することが困難になります。
骨格筋損傷は、細胞レベルから重度の損傷まで、様々な筋肉の損傷を含みます。
これらの損傷には、スポーツや学校の体育の授業中に起こるものだけでなく、事故や災害などによって起こる外傷も含まれます。
「RICE治療」は、損傷の程度にかかわらず、骨格筋の損傷に対する一般的なアプローチです。
この頭文字は、Rest(休息)、Ice(氷)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字で、体育やスポーツ、さらには医療の現場でもよく使われています。
氷は筋損傷の種類にかかわらず一般的に適用されますが、アイシングの長期的な効果についてはほとんど知られていません。
氷は炎症を抑えるために使用されますが、組織の損傷に伴う炎症は身体の治癒メカニズムの一つです。
これは、組織の再生に不可欠な反応であると理解されるようになりました。
つまり、氷で炎症を抑えることは、体の修復を阻害する可能性があるということです。
怪我をした後に筋肉をアイシングすることの効果を調べた実験では、相反する結果が出ています。
筋肉の再生を遅らせるという報告もあれば、再生を阻害しないという報告もあります。
しかし、これまでの研究では、筋収縮による一般的なスポーツ傷害を模した傷害モデルを用いて、アイシングの効果を調べたものはありませんでした。
今回の研究チームは、エキセントリック収縮による損傷のマウスモデルを用いて、損傷後のアイシングの効果を観察することにしました。
このマウスモデルでは、重度の筋断裂に似た損傷を誘発しました。
マウスの足の筋肉に電気刺激を与え、その際に強い力を加えて足の筋肉を逆方向に動かすことで偏性収縮を誘発しました。
この後、筋肉を採取しました。
アイシングは、氷を入れたポリウレタン製の袋を、2時間間隔で1日3回、30分かけて皮膚の上に置くことで行いました。
これを損傷の2日後まで続けました。
アイシングは、臨床的に推奨されている通常の方法に基づいて行われました。
損傷から2週間後に再生した骨格筋を調査し、アイシングを行った群と行わなかった群を比較しました。
その結果、アイシングを行ったグループの断面では、再生された筋繊維のうち、小さいものの割合が有意に高く、非アイシングのグループでは中程度から大きいものが多く見られました。
つまり、アイシングの結果、骨格筋の再生が遅れる可能性があることが明らかになったのです。
次に、アイシングを行った群と行わなかった群の筋肉を定期的に採取し、それまでの再生過程で何が起こっているのかを調べました。
再生プロセスでは、炎症細胞が損傷部位に集まり、損傷した筋肉の破片を取り除き、新しい筋肉を作り始めます。
しかし、今回の結果から、氷を当てた方が炎症細胞が傷ついた筋肉細胞に入り込みにくいことがわかりました。
傷ついた筋肉に入り込む炎症性細胞の代表格がマクロファージです。
損傷した組織を貪食して炎症を起こす炎症性マクロファージと、炎症反応を抑えて修復を促す抗炎症性マクロファージ(※6)から構成されます。。
炎症性マクロファージは、その性質を変えて抗炎症性になると考えられています。
今回の研究チームの実験結果では、アイシングによって炎症性マクロファージの損傷部位への到達が遅れることがわかりました。
これらの結果は、偏心収縮による重度の筋肉損傷後に氷を当てると、マクロファージが損傷した筋肉を十分に貪食できず、結果的に新しい筋肉細胞の形成が遅れる可能性を示していると考えられます。
荒川准教授は話します。
「スポーツの世界では、ケガの程度にかかわらず、ケガをしたらすぐに氷を当てるということが当たり前になっています。しかし、今回の研究で明らかになったメカニズムは、重度の筋肉損傷をアイシングしないことが、より早い回復につながる可能性を示唆しています。また、学校の体育の授業では、どんなケガでもすぐに冷やすという考え方が定着しています。将来的には、重度の筋肉損傷を冷やさないことで回復を早めるという選択肢が知られるようになることを期待しています。」
「しかし、重度の筋肉損傷ではアイシングが回復を妨げる可能性があっても、軽度の筋肉損傷ではアイシングが可能な程度がある可能性は否定できません。次の課題は、その線引きをどこで行うかです。現在は、軽度の筋肉損傷に対してアイシングがどのような効果をもたらすかを調査している最中です。」
今後は、筋損傷の程度に応じて、どのようにアイシングを行うべきかを検討していきたいと思いま」す。そして、スポーツやリハビリテーションの現場で、アイシングをするかどうかを的確に判断できるようなガイドラインの作成を目指しています。」
- 偏心性収縮。通常、筋肉は収縮すると短くなります。偏心性収縮とは、その逆で、筋肉が収縮すると長くなること。激しい運動をすると筋肉に負担がかかり、怪我をしやすくなるために起こります。
- マクロファージ。血液中に存在する白血球の一種である。マクロファージには、炎症を起こすタイプと抗炎症を起こすタイプの2種類があることが知られている。
- 炎症誘発性マクロファージ。炎症性マクロファージ:組織に傷がついたときに、すぐにその場所に集まってくるマクロファージ。損傷した組織を貪食し、炎症を引き起こす。
- 炎症(Inflammation)。生体組織が損傷を受けた際に起こる病的な反応。症状としては、発赤(皮膚が赤くなること)、発熱、腫れ、痛みなどがある。
- 5.ファゴサイトーシス。マクロファージが損傷した組織を取り囲んで除去すること。
- 抗炎症性マクロファージ:炎症を起こしたマクロファージがこのタイプに変化すると言われています。炎症を抑え、組織修復のための物質を募集する。
この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!
関連記事
新着記事
-
男女ともに長生きになる「男女平等」2023.03.07健康
-
他者を犠牲にして利益を取る・利益を度外視して他者への害を取り除く2023.03.06人体・脳
-
「寿命を延ばす」良質な睡眠2023.03.05健康
-
見極める力を養う「チャットボットの精度」2023.03.04技術
-
健康増進と生きがいにつながる「森林浴」2023.03.03健康
-
米国の6人に1人「肥満による死」2023.03.02健康
-
週休4日制で生産を維持する2023.03.01社会
-
オンライン学習で学生に届く教育方法2023.02.28学習
-
学業成績に影響を与える「夜間の睡眠」2023.02.27健康
-
心の豊かさに大きく影響を与える「目的意識を持った10代の若者」2023.02.26健康
よく読まれている記事
N E W S & P O P U L A R最 新 記 事 & 人 気 記 事
WHAT'S NEW !!
-
健康
男女ともに長生きになる「男女平等」
【男女ともに長生きになる「男女平等」】 権利とは人間が作り出した構造ですが、男女平等が進むと男女ともに長生きになるようです。 The first global study to investi... -
人体・脳
他者を犠牲にして利益を取る・利益を度外視して他者への害を取り除く
【他者を犠牲にして利益を取る・利益を度外視して他者への害を取り除く】 他者を犠牲にして自分の利益を選ぶ、自分にとって利益は少ないが他者への害を防ぐ、道徳的なに... -
健康
「寿命を延ばす」良質な睡眠
【「寿命を延ばす」良質な睡眠】 良質な睡眠をとることは、寿命を何年も長くする可能性があります。 Getting good sleep can play a role in supporting your heart and... -
技術
見極める力を養う「チャットボットの精度」
【見極める力を養う「チャットボットの精度」】 ChatGPTをはじめ、チャットボットの精度は人が書いたものかどうかわからない程までの水準になっています。 The most rec...
-
人体・脳
なぜタイピングより手書きの方が、記憶に定着するのか
【なぜタイピングより手書きの方が、記憶に定着するのか】 ノルウェー科学技術大学の研究によると、手書きの方が物事をよく覚えることが判明しました。 様々なコンピュ... -
社会
どんな曲が好き?「 音楽の好みと性格の関連性は普遍的 」
【どんな曲が好き?「 音楽の好みと性格の関連性は普遍的 」】 激しい音楽を好んで聴く人は、激しい性格の持ち主なのでしょうか?研究者は、音楽の好みと性格の関連性は... -
人体・脳
視覚と意思決定領域の結びつきが強い「鮮明なイメージ能力がある人」
【視覚と意思決定領域の結びつきが強い「鮮明なイメージ能力がある人」】 鮮明にイメージできる人は、視覚ネットワークと意思決定に関連する脳の領域が強く結びついてい...
News
- 新着記事 -
Popular
- 人気記事 -
H A P P I N E S S幸 福
人気 (❁´ω`❁)
M E A L食 事
B R A I N脳
人気 (❁´ω`❁)
H E A L T H健 康
人気 (❁´ω`❁)
-
社会
自制心が健康と若さをもたらす理由
【自制心が健康と若さをもたらす理由】 デューク大学の研究チームは、自制心が心身に及ぼす影響を調査しました。 1000人を出生から45年間に渡って追跡した大規模調査で... -
人体・脳
健康な脳を保ち老化を遅らせる「アマゾンの先住民族ツィマネ族の生活習慣」
【健康な脳を保ち老化を遅らせる「アマゾンの先住民族ツィマネ族の生活習慣」】 ボリビア・アマゾンの先住民族であるツィマネ族が、アメリカやヨーロッパの人々に比べて... -
健康
高強度インターバルトレーニングは、適度な運動よりも心臓を強化する
【心臓を強化する高強度インターバルトレーニング】 ノルウェー科学技術大学の研究によると、トレーニングの強度が、病気の重症度を軽減し、心臓機能を改善し、作業能力...
-
社会
自制心が健康と若さをもたらす理由
【自制心が健康と若さをもたらす理由】 デューク大学の研究チームは、自制心が心身に及ぼす影響を調査しました。 1000人を出生から45年間に渡って追跡した大規模調査で... -
人体・脳
健康な脳を保ち老化を遅らせる「アマゾンの先住民族ツィマネ族の生活習慣」
【健康な脳を保ち老化を遅らせる「アマゾンの先住民族ツィマネ族の生活習慣」】 ボリビア・アマゾンの先住民族であるツィマネ族が、アメリカやヨーロッパの人々に比べて... -
健康
高強度インターバルトレーニングは、適度な運動よりも心臓を強化する
【心臓を強化する高強度インターバルトレーニング】 ノルウェー科学技術大学の研究によると、トレーニングの強度が、病気の重症度を軽減し、心臓機能を改善し、作業能力...
J O B仕 事
人気 (❁´ω`❁)
-
社会
週休4日制で生産を維持する
-
人体・脳
アイデアや閃きが降りてくる「横断的なコミュニケーション」
-
社会
大災害を読み解く鋭い解決策
-
思考・瞑想
賞や表彰が発明家の創造性を低下させる
-
人体・脳
創造的な人はここが違う!「非創造的なハブを回避し非典型的なアプローチをする」
-
社会
アメリカ陸軍で既に多数の成功を収めている「人々を創造的にするトレーニング」
-
社会
2年は普及しない?「カテゴリーイノベーション戦略」
-
社会
管理者級以上必見「創造性を引き出す同僚間の友情とサポートを育む組織づくり」
-
社会
アイデアを創出する人数「少人数のグループのほうが新しいアイデアが出やすい」
-
健康
散った気を元の集中に戻す「1日最大50%費やす迷いを断つマインドフルネス」
-
社会
移動によるエネルギーが激減「環境に優しく誰でも参加できるオンライン会議」
-
社会
山火事コスト数十億ドルのコスト削減「インドネシアの泥炭地回復」
-
社会
価格末「99円」設定が販売者に不利益を及ぼす驚愕の理由
-
社会
購買意欲を掻き立てる商品提示方法
-
社会
「感情的異質性」がチームの創造性を高める
-
社会
従業員の創造性を高める驚愕の方法「報酬を選択制にする」
-
社会
テクノロジーの力でセレンディピティを生み出す
-
社会
様々なテーマの問題への取り組みにつながる「ダ・ヴィンチ構想」
-
社会
改善が必要な状況に「やめる」という解決策がでない理由
-
社会
空想が苦手な理由と、その修正方法
-
学習
パズル解きの極意、最良の選択より優れた驚愕の方法
-
社会
大麻が独創的で実現不可能なアイデアを創出するという実験結果
-
社会
記憶に残るユーモアを含んだニュース
-
社会
なぜメッセージと画像が一致してない情報は伝わらないのか
-
社会
消費者を購買に結びつける音楽
-
技術
自動化工場などの緊急事態に備えて知識を生かしておく方法
-
社会
「生産性も顧客満足度も向上」プロジェクトに自主性を持たせる
-
人体・脳
人は1日に35,000回の意思決定をしている「意思決定を行うアルゴリズム」
-
社会
他文化と頻繁衝突する文化圏は協力的なゲームが流行?「ゲームからみる文化」
-
社会
「通勤はわるいもの?」モバイルセンシングで仕事の成果と通勤の関連性を解明
-
社会
テクノロジーは労働者の幸福度にどのような影響を及ぼすか
-
社会
雇用の創出ではなく雇用の置換が進む「ロボットなどの作業の自動化」
-
社会
「柔軟で弾力性のある対応が可能」生物系を模倣した多様なサプライチェーン
-
社会
「患者のメンタルヘルスケアを向上させる」患者と心理療法士のマッチング
-
学習
デジタルデバイス用に最適なフォント「AdaptiFont」
T E C H N O L O G Y技 術
人気 (❁´ω`❁)